痔は切らずに治す

痔のセルフケア

痔の明暗を分ける「セルフケア」

生活習慣病である痔を予防するためには、日常生活に存在する痔の危険因子を主体的に自分の力で取り除いていくことが大切です。これを「セルフケア」といい、痔だけでなく、すべての病気の予防と健康維持のために必要不可欠な、大切な考え方です。

自然治癒力が病気を治し、予防する

なぜ、セルフケアがそれほど大切なのでしょうか。

最大の理由は、人が持つ「自然治癒力」を十分に引き出すためには、正しいセルフケアが欠かせないからです。

痔に限らず、病気を治し、健康を取り戻すためにいちばん重要なのは、その人自身が持つ自然治癒力です。医師や薬は、その手助けをしているにすぎません。病気の症状が手術で軽くなったり、処方された薬で痛みが消えたりすると、薬や医師が病気を治してくれたと感じる方が多いと思いますが、それはまちがいなのです。

このことを実にうまく説明してくれる経験をご紹介します。

以前、大学病院の外科に勤務し、胃がんの手術を執刀したときのことです。手術を終え、今日は自分でもうまく胃が縫えたなと思って、気分よく更衣室で着替えをしているときでした。

隣にいた先輩の医師に「君は今日、胃と腸の吻合がきれいに縫えたと思っているか?」と質問されました。「はい」と答えると先輩は、「では、胃と腸を吻合した部分を顕微鏡で見てみたとしよう。君がきれいにこまかく縫えたと思っても、顕微鏡で拡大して見れば、最初に縫った糸と次の縫い目の糸ははるか遠くにある。つまり、君が縫った胃と腸の間は、すき間だらけなのだ。では、なぜそのすき間から液体である胃液や腸液がもれないのか。それは、君がシャワーを浴びている間も、患者さん自身の体が線維芽細胞などのアメーバのような自分の細胞を精一杯動員し、一生懸命そのすき間を埋めようとしているからだ。けっして医者が胃と腸をくっつけたわけではないし、病気を治したのが担当した医者だなどと思ってはいけないよ」と教えられました。

いまでも私はこの先輩を尊敬していますし、このとき、大手術といえども、回復の原動力はあくまでも患者さんが持っている自然治癒力で、手術した医師はささやかなお手伝いをしたにすぎないということを肝に銘じたのでした。

病気を治す主役は、その人が持つ自然治癒力です。医師が行う治療は、そのお手伝いをしているにすぎません。

医師の仕事は、病状に応じて、患者さんそれぞれにもっとも適した治療法をアドバイスすることです。そして、その人の自然治癒力を最大限に引き出すために、医師は投薬をしたり、手術をしたり。食事療法や運動療法、心理学的カウンセリング、鍼灸、ヒーリング療法など、あらゆる治療法を検討し、実行するわけです。

健康を維持するための「セルフケア」という新しい考え方

人間の健康は外部からの攻撃因子と体内の防御因子とのバランスで成り立っています。攻撃因子が強ければ感染症にかかったりしてダメージを受けますし、逆に防御因子が強すぎると膠原病などのような「自己免疫疾患」になります。そして、そのバランスの要が自然治癒力です。

自然治癒力には、外界から体内に侵入するウィルスや細菌を排除する「免疫機能」と、切り傷・すり傷や手術あとなどを元の皮膚に再生していく「再生機能」があります。病気になると熱が出るのは、免疫細胞が外敵と闘っているがゆえの症状の一つです。けがをしたときには2つの機能が同時に働き、傷口の細菌などを排除しながら皮膚を再生させて傷を回復していきます。痔の治療でも、自然治癒力を高めて、外的攻撃因子と内的防御因子のバランスを保つことが重要になります。

そのためにも、痔の原因になったり、悪化させたりする6大要因「便秘・下痢(排便の異常)」「肉体疲労」「ストレス」「冷え」「飲酒」「女性の生理」などの影響から体を守るセルフケアを日ごろから心がけることがとても大切なのです。

セルフケアというと、たとえば「排便後のおしりのふき方」などのような、自分で行う肛門手当ての話かと思われるかもしれませんが、ここでいうセルフケアとは、「自分自身で健康を維持するための生活環境をつくり出していく」という大きな概念をあらわす言葉です。

1999年、アメリカでは『メイヨー・クリニック セルフケア・ガイド』という本がベストセラーになりました。このタイトルにあった「セルフケア」という新しい概念が、欧米では病気を治し、健康を維持する方法として主流になりつつあり、多くの医師や患者さんが、よりよいセルフケアの実践を目指しています。

痔に限らず、病気になるのが生活習慣のせいなら、健康を取り戻すにも日常生活が大事で、要は、日常の生活環境にある危険因子は、自分で取り除かなければいけないということです。

セルフケアの3原則

この「セルフケア」には、3つの大きなルールがあります。

病名がきちんと診断されていること

何の病気かわからなければ、セルフケアの方法は決められません。胃潰瘍と思っていたら胃がんだった、痔だと思っていたら直腸がんだった、ではセルフケアはできません。

コーチが立てた計画に沿って行う

セルフケアは、自己流の手当て法ではありません。トレーニングジムに専門のインストラクターがいるように、専門のコーチのもとに、きちんと計画を立てて行われるものです。アメリカでは、コーチとして、医師、看護師、社会療法士を想定しています。

長つづきするセルフケアを計画

だれだって苦しくつらいことはイヤです。セルフケアも楽しさがなければ長つづきしません。コーチはなるべきつらくない計画を立てて長つづきするよう配慮し、常に患者さんを励ますことに重点を置きます。

【COLUMN】
自然治癒力の高め方

欧米や日本で、心の状態による免疫力の変化に着目した精神神経免疫学が盛んです。多くの研究の結果、免疫力や自然治癒力を高める方法には次のようなものがあることがわかっています。

★よく寝る
睡眠は免疫力と密接な関係があり、睡眠不足がつづくと免疫力が低下することは多くの実験で確認されています。睡眠不足の人の白血球には、顆粒球という、免疫システムの危機にあらわれる成分が含まれていたという実験結果も報告されています(2012年)。

★よい香りをかぐ
花の香りや入れたてのコーヒーなど、心地より香りは免疫力を高めます。また、レモンなど柑橘系の香りで心が落ち着くことを活用し、工場でオレンジの香りを流して作業のミスを減らすことに成功したという報告もあります。アロマテラピーは、こうした香りの効果を利用したリラックス法です。

★ヒーリング(癒やし)
肌をふれ合ったり、風にそよぐ木の葉の音を聞いたりすることにはヒーリング(癒やし)効果があり、免疫力を高めます。泣いている赤ちゃんを抱くと泣きやみ、苦しくて眠れずにいる末期がんの患者さんの手をにぎっていると眠りにおちるのは、人はだれかと肌をふれ合っていると癒やされることを示しています。

★腹から笑う
よく笑うと免疫力が高まります。

大阪の寄席で、寄席に入る前と、出てきたときのお客さんの免疫力を測定した結果、よく笑った人ほど免疫力が高くなっていることがわかりました。この実験から、よく笑うと脳がリラックスし、低下していた間脳の働きが回復して免疫力が高まる、というメカニズムが解明されています。

★座禅や瞑想をする
座禅や瞑想にも自然治癒力を高める働きがあります。やり方はいろいろですが、1から9まで数えて頭の中をからっぽにするというのもその一つです。頭をからっぽにすることで、感情と自律神経、免疫力を支配する間脳の働きが高まり、免疫力が回復します。

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