痔は切らずに治す

痔のセルフケア

日常生活でのセルフケア

痔をセルフケアで治すには、お尻に負担のかからない排泄の習慣を身につけることが第一です。自分の生活習慣を客観的にチェックして、痔の原因を一つずつ取り除いていきましょう。

便意が起こってからトイレへ行く

痔の予防で大切なのは、規則正しい便通の習慣をつけることです。自然に便意があり、快適に排便ができれば、痔の危険因子はぐっと少なくなります。便意は、便がS状結腸から直腸に送り込まれ、直腸がその刺激でふくらんで内肛門括約筋がゆるむことによって起こります。ですから、直腸まで便がおりてこないと排便はできません。

便意がないときに排便しようとしていきむと肛門によけいな圧力がかかり、動静脈叢という細かい動脈や静脈の血管が草むらのように集まった組織がうっ血して、痔の誘引になったり、痔を悪化させたりします。

便意を感じる時間には個人差があり、前日の食事のとり方や健康状態によっても異なりますが、大切なのは、「毎朝トイレに行くこと」ではなく、「毎朝、便意を感じること」です。

そして、便意を感じたら、がまんしないでトイレに行くこと。便意は、いくつかの神経反射によって朝食後に起こることが多いので、自然な便意を生かせるよう、朝の時間に余裕を持たせて少し早起きしましょう。職場や学校などで便意が生じたときにも、がまんせずにゆったり排便できる生活環境をととのえたいものです。

トイレに長居は痔をまねく

はっきりした便意がないのでトイレに長く座っていきんでいると、便秘のときと同様、肛門に大きな負担がかかります。

トイレにいる時間は3分間以内にしましょう。そのためには、ちゃんと早起きして、ゆっくり朝ごはんを食べ、しっかり便意が起きてからトイレに行って、出かける前に排便をすます習慣をつけてください。大切なのは「毎朝、便意を感じること」ができる生活習慣を自分のものにすることです。

トイレで新聞や本を読んで長居するのは禁物です。和式トイレより負担の軽い洋式トイレでも、便座にすわっていると肛門周囲に負担がかかってうっ血しやすく、炎症の誘引になります。

排便後のケアをきちんと行う

排便後には、お尻をお湯で洗い流すのがいちばんです。大便はアルカリ性で刺激が強く、常に多数の細菌が繁殖しています。肛門の周辺の皮膚にはしわがたくさんあるため、トイレットペーパーでふいた程度ではなかなかきれいになりません。ていねいにふくほど、肛門のしわの中に便をすりこむことになります。かといって、肛門をよごれたままにしておくと細菌が繁殖し、かゆみや炎症を起こす原因になります。

自宅でも公共トイレでも、排便後に温水を噴出させて肛門を洗うことができる温水洗浄式便座が設置されているトイレ(シャワートイレ)がふえてきました。シャワートイレがない場合、排便後の座浴も効果的です。お尻がすっぽり入るくらいの洗面器を用意し、ぬるま湯をはってお尻をつけ、手か脱脂綿でやさしく肛門を洗います。お尻をお湯につけることで肛門の血行がよくなり、うっ血を防ぐ効果もあります。ただし、痔瘻の場合、温めると化膿がひどくなり、痛みが増すので、座浴は避けましょう。 シャワートイレもなく座浴もできない場合、ハンディタイプの肛門洗浄剤や、スポイト式の洗浄器も市販されているので使ってみてください。

気をつけたいのは、シャワートイレの水流を強くしすぎると肛門周囲の皮膚炎の原因になることです。また、強い水流を使って肛門の中に温水を入れ、簡易浣腸として使用する人もいますが、つづけていると温水の強い刺激が肛門にあたらないと便意が起きない「シャワートイレ依存症」になることもあるので、シャワートイレは必ず水圧を弱めにして使いましょう。

慢性の下痢も痔の原因になる

慢性の下痢になると、排便時に水様便が肛門を通過する際、肛門粘膜や上皮に浸透するので炎症が起こります。そのため裂肛になりやすく、内痔核があるとはれ上がります。

また、下痢便が歯状線を勢いよく通過するときに肛門腺窩に入り込むと痔瘻の原因になります。

慢性の下痢の原因には、精神的ストレスや、腸内善玉菌であるビフィズス菌の減少などがあります。

タバコは大腸の蠕動運動を亢進させる作用があるので、痔の改善のためにも、ぜひ禁煙を実行してください。お酒も、飲みすぎると膵液の分泌がふえ、下痢を悪化させるので、適量を守りましょう。

肛門の血行をよくする

すわりっぱなし、立ちっぱなしで同じ姿勢を長くつづけていると、足腰の筋肉が緊張して血流がとどこおり、肛門がうっ血することがあります。うっ血すると静脈や毛細血管がふくれ、血中の老廃物の排出も妨げられます。

入浴は、肛門周囲の血行をよくするので痔の痛みをやわらげます。使い捨てカイロを下着の上から肛門の周囲にあてるのもよいでしょう。

ただし、肛門周囲膿瘍の人は、患部を温めると痛みや化膿が進むので禁物です。また、痔の手術をした人が、硫黄などの刺激の強い成分が含まれている温泉に入ると、痛みが出ることがあるので注意が必要です。

デスクワークなどで長時間すわったままだと、肛門周辺の血行障害を起こし、痔の症状を悪化させます。1時間に1回程度は立ち上がって10mでもいいから歩く用事をつくってください。飛行機や新幹線などに長時間乗っている場合も同じです。長時間車の運転をするときには、せめて1時間ごとに車を止めて休憩し、少し歩いたり、軽く体操をするなどして、足腰の血行をよくしましょう。店頭の接客などで何時間も立ちっぱなしを余儀なくされるなど、どうしても全身を自由に動かせない状況に置かれている場合は、そのままの姿勢で肛門体操をするのも一方法です。

痔の手術をした人や、急に外痔核ができてはれた場合は、すわるときにドーナツ型円座を使用すると、肛門が圧迫されません。

体の冷えには要注意

体が冷えると、肛門括約筋が緊張し、痔が痛み出すことがあります。また、寒いと、体温を逃がさないように末梢血管が収縮するので、血液の循環が悪くなり、痔が痛むことがあります。

現代では、実際に冷え対策が必要なのは、冬よりもむしろ夏です。夏の冷房で体が冷えすぎて痔になる人がふえていることから、痔は夏の病気と呼ばれるくらいです。

デパートやスーパーなど、冷房がきいた部屋で長時間働く人は夏でも体が冷えやすいので、職場では冬用の下着に着替えたり、すわっている間はひざ掛けを活用して、体を冷やさない工夫をしましょう。混んだ電車内で足先が寒いほど冷房が効いていたら、足首を回したり、足の指を曲げ伸ばしするだけでも足先が温かくなります。

また、トイレは一般的に、日のあたらないところに設置されることが多く、冬にはどうしても冷えやすくなります。寒い時期には温かくなる便座を用いたり、電気ストーブを置いたりして、寒くないトイレを工夫をしてください。

冬場、長時間屋外にいなければならない人は、使い捨てカイロを腰や背中に貼ったり、靴に入れたりして、寒さから身を守り、帰宅後には足をお湯で温める「足浴」を行って、足下から忍び寄る冷えを素早く撃退してください。

そして、できるだけ早く寝ましょう。夜ふかしは冷えのもとです。

疲労やストレスをためない

肛門は、便が通過するので、便の中の無数の細菌と接触します。ところが、肛門は炎症を起こしません。これは、口や膣の中が細菌の感染に強いように、肛門にも細菌を防御する局所免疫能という抵抗力があるからです。

最近の精神神経免疫学の研究によって、ストレスが人間の免疫能を低下させることが明らかになってきました。反対に、よく笑ったりリラックスすることで、免疫能が高まることもわかってきました。

過度のストレスや疲労は局所免疫能を低下させるため、肛門の粘膜や皮膚の抵抗力を弱めます。アルカリ性である便が排出されるときには必ず肛門粘膜を刺激するので、細菌に感染しやすくなります。そういうときは大腸の働きをコントロールしている自律神経も乱れているので、便通の異常(下痢や便秘)が起こりやすく、これらが重なると肛門が細菌に感染し、痔を発生させることになります。

ストレスや疲労は、痔を誘発するだけでなく、健康をそこなうので、できるだけ早く解消するようにしましょう。十分に休養と睡眠をとり、映画や観劇、読書、散歩、旅行などの自分の好きな趣味を楽しむことで、リラックスするようにします。また、スポーツにも心身をリラックスさせる効果があり、体を動かすことで腸が刺激されて便秘が解消したり、腹筋が鍛えられて排便しやすくなる効果もあります。

痔の原因になるスポーツもある

「痔主」の人には、あまりおすすめできないスポーツもあります。それは、瞬間的におなかに力を入れ、肛門を締めつける運動です。たとえば、ゴルフでクラブを振ってボールを打つ瞬間には、お尻にギュッと力が入るので、肛門がうっ血します。乗馬やサイクリングなども、鞍やサドルをまたいで両足で上体の動きを支えるためにお尻に力が入り、肛門を締めつけるので、痔の人には注意や工夫が必要です。

ゴルフをする人は、次の項目を守ってプレーに臨みましょう。

①ゴルフをする前日は、よく眠る。
②当日は、早めに起きて、ゆとりをもって自宅で排便する。
③ゴルフ場まで、長時間、車の運転をせず、早めに交代してもらう。
④昼食には、ビールなどのアルコール類を飲まない。

また、野球やサッカーでは、キャッチャーやゴールキーパーが、しゃがんだり、体を低くしてかまえるときにお尻に大きな負担がかかります。

スキーやスケートはお尻が冷えるので痔によくありません。釣りも、寒暖を問わず、長時間じっとしていなければいけないので、痔には負担のかかる趣味です。いずれも、暖かいウェアを重ね着したり、カイロを使って、十分、冷えやうっ血を防ぐ工夫をし、痔を悪化させない対策を講じてから楽しんでください。

アルコール、香辛料は控えめに

とうがらし、こしょう、わさびなどの香辛料にはうっ血を促す刺激成分が含まれています。香辛料の中でも吸収されにくいとうがらしをとりすぎると、便の中に成分が残り、肛門を刺激して、痔の原因になったり、痔を悪化させることがあるので注意しましょう。

アルコールは、アルコール自体が炎症を引き起こす成分なので、痔を誘発したり、悪化させる働きがあります。

また、アルコールには末梢血管を拡張する作用があるため、動脈の血流はよくなりますが、静脈の血流が追いつかず、血液がとどこおってうっ血の原因になることがあります。これが痔核を発生させることもあり、すでに痔核がある場合は、うっ血によってさらに大きくなることがあります。

痔の人は、確実に症状が治まり、医師に完治のお墨付きをもらうまでは、飲酒を控えましょう。

無理なダイエットは痔をまねく

女性の便秘の原因に多いのはダイエットによる慢性的な便秘です。やせるために、いちばん手っとり早い方法は食べる量を減らすことだと考えて朝食を抜いたり、生野菜のサラダだけ食べてやせようとするような人が、この種の便秘にかかりやすいタイプといえます。こんなダイエット食をつづけると、食事の量自体が少量なので便の量も少なくなり、便秘になりやすいのです。

野菜サラダというと、なんとなく食物繊維が多そうに思えますが、ほとんどは水分です。きゅうりやレタスの生野菜サラダをおなかいっぱい食べても、含まれる食物繊維は3~4gで、1日に必要な食物繊維の5分の1から6分の1程度。このように栄養のバランスや食物繊維の量を無視したダイエットは、便秘の大きさな原因になります。

理想的なダイエットは、カロリーの控えめな、かつ、便の量をふやす食べ物、すなわち食物繊維をたくさんとるダイエットです。食べないダイエットは、便秘をまねき、便秘になると肌も荒れますから、美容と健康をそこなうだけで、何一ついいことはありません。

月経前・月経中のケア、妊娠中・出産後のケア

月経前や月経中には、肛門は炎症を起こしやすくなるために、症状が悪化する患者さんを多く見受けます。月経が近づくと便秘や下痢などの排便の異常が多くなるためとか、ホルモンのバランスが乱れて肛門粘膜に炎症を起こすため、などといわれていますが、くわしいことはまだわかっていません。

月経が近づいたら食生活に気をつけて、便秘や下痢にならないように注意します。月経中は肛門粘膜が炎症を起こしやすいことを十分考慮して、しっかり睡眠をとり、疲れが残るようなハードスケジュールは控えましょう。

また、妊娠と出産を経験すると、痔になったり、痔を悪化させることが多くなります。妊娠して胎児が成長してくると、子宮が大きくなって骨盤の中に下がり、内腸骨静脈という、肛門から下大静脈に戻る血管を圧迫するので、肛門の動静脈叢がうっ血して炎症を起こし、内痔核ができやすくなります。

月経同様、妊娠するとホルモンのバランスが変わり、運動不足にもなりがちで、便秘になりやすく、妊娠後期では、多くなった子宮が直腸を圧迫して便秘傾向が強くなる人もいます。

妊娠中の便秘対策は、まず、食物繊維の豊富な食事から始めましょう。妊娠中の肥満も防ぐことができます。それでも便秘が解消しなければ、主治医と相談し、下剤や軟便剤を用いて慎重に便通をととのえていきます。

痔があるときには、患部に消炎のための軟膏を塗って炎症を予防します。また、まめに入浴をして血行をよくすることも大切です。

分娩時のいきみで痔が悪化することもあるので、心配な人はあらかじめ担当医に話しておきましょう。痔の程度やお産の難航度、危険度によっては、会陰切開をすることもあります。

出産後は、赤ちゃんの世話による睡眠不足やストレスで、便秘しやすくなることに加え、母乳育児では、体内の水分が母乳に吸収されるため、便がかたくなりやすくなります。

授乳中は、水分の補給と食物繊維の豊富な食事をたっぷりとることを心がけてください。

【COLUMN】
セリエ博士のストレス理論

もともと「ストレス」とは金属に外力が加わってできるゆがみのことでした。セリエ博士のストレス理論は、有害な外力である「ストレッサー」によって心身に負荷をかけられた生体が、その有害刺激から生命を守るために起こす必要不可欠な反応として、視床下部―下垂体―副腎皮質を介した緊張状態をつくることを「ストレス」と定義したものです。

患者さんに「ストレスを減らす生活を心がけてください」と話すと、「いやな上司に、長い勤務時間が私のストレス。仕事を辞めないとなくなりません」と反論されます。ストレス理論では「長い勤務時間」や「いやな上司」などのストレッサーを除去しろとはいいません。ストレスによる緊張状態は有害刺激から身を守るために必要な反応です。そのことをしっかり理解して適切にセルフケアを行い、自然治癒力を高める生活を送れば、10のストレッサーを5のストレスに減少させることも可能です。

【COLUMN】
精神神経免疫学

精神神経免疫学とは、心の状態で免疫力が弱まったり、強まったりする現象を研究する学問です。

NASA(アメリカ航空宇宙局)のキンゼイ博士は、宇宙飛行士の免疫力低下が、ストレスがもっとも増大する大気圏突入時から72時間後まで起こることを、リンパ球が増殖するために成熟前の形に戻る「リンパ球幼若化反応」の低下から証明しました。この反応は、成熟後は増殖しないリンパ球が、より強い免疫能を必要されると成熟前の幼若な形態に戻るというものです。

また、シュライファー博士が乳がんで妻と死別した夫15人の免疫力を経時的に測定したところ、全員が妻と死別後1ヵ月の時点で免疫力が低下しており、半数以上の8人は死別後14ヵ月たっても免疫力が低下したままだったと報告しています。

さらに、最近の研究では、激しいストレスが視床下部の室傍核に影響をあたえて免疫力を低下させるというメカニズムも明らかになってきています。

【COLUMN】
合成化学物質・環境ホルモンと病気

私たちの生活と切っても切れないものになっているビニール、プラスチック、合成ゴムなどの合成化学物質は、120年ほど前には地球上に存在しなかった物質です。いまの地球の年齢は約45億歳ですから、地球にとって120年など、ほんの一瞬にすぎません。人類は、その新参者の合成化学物質を約10万種類もつくり出し、毎年1000種類もの新製品を追加して、毎年約8億tも生産しています。

120年前に突然あらわれた合成化学物質が海や土に流れ出し、それを地球は分解できず、また、人間をはじめとする生物の体内に入っても解毒できないのが実状です。

合成化学物質が、人体や腸内細菌叢にどのような影響をもたらしているのか、まだはっきりわかっていませんが、合成化学物質から出る環境ホルモンが体内のホルモンのバランスを乱し、さまざまな病気を引き起こしているのではないかと推測される異変がいくつも報告されています。

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