痔は切らずに治す

痔のセルフケア

痔の最大の原因は便秘と下痢

痔に直結する危険因子は「肛門の炎症」です。炎症を起こす原因の中で、もっとも痔を悪化させるものが「便通の異常」、すなわち便秘と下痢です。特に便秘は、痔の最大の原因です。

便秘と下痢は肛門の敵

便秘になると、発がん物質や老廃物を含んだ便が長時間腸内にとどまり、有害ガスが発生したり、悪玉菌がふえるなど健康に大きなダメージをあたえます。また、腸内に停滞している間、水分は吸収されつづけるので、便はかたくなります。かたくなった便は肛門を傷つけ、痔の原因をつくるのです。

便は、もともと強いアルカリ性の老廃物なので、実験で便を皮膚に塗ってみると赤くただれて炎症を起こしています。このような強い刺激物である便が必要以上に長時間体内にとどまっていれば、当然、さまざまな形で健康に悪影響をもたらします。

便秘になると、かたい便が肛門の粘膜を強くこするので傷がつき、その傷口から細菌が入って炎症を起こします。また、かたいとなかなか排便できないので、トイレの時間が長くなり、その間、必要以上におなかに力を入れていきむことになります。このときの腹圧は200㎜Hg以上。脳の血管なら破れてしまうような高い圧なので、肛門の周囲の血管に多大な負担をかけ、結果として痔を誘発します。

したがって、痔を発生させず、悪化させない最大のポイントは、便秘にならないことです。

では、下痢ならやわらかいから大丈夫か、というと、下痢のときの水様便でも、通過するときの勢いが激しくて肛門粘膜に傷をつけ、そこから便がしみ込むので、炎症を起こしやすくなります。

最近、ふえている病気に、精神的なストレスや不安が原因となって胃腸の働きをコントロールしている自律神経と腸壁神経系の働きが乱れ、下痢や便秘を交互にくり返す「過敏性腸症候群」があります。以前は、「過敏性大腸症候群」といわれましたが、大腸だけではなく胃や小腸にも機能の異常が生じることから、過敏性腸症候群と呼ばれるようになりました。

この場合、精神的なストレスが原因の便通異常なので、下痢止めや下剤などの薬をなるべく使わず、生活環境の改善によってストレスの原因を取り除いて治療していきます。

理想的な便はくさくない!?

便秘や下痢に悩んでいても、「ちゃんと排便できるかどうか」ばかり気にして、肝心の便がどんな様子なのか、あまり見ていない人もいます。便にはいろいろな病気のサインが出ますから、便の状態を観察すると、便から自分の健康状態を知ることができます。

そういう意味で、トイレは、病気を早期発見するための格好の観測ポイントです。水で流す前に、自分の便の状態を観察する習慣をつけましょう。

正常で健康な便かどうかは、次のような目安で判断します。

①色は濃すぎず薄すぎず
②かさが多く、重い(200g前後)
③太くてやわらかい有形軟便、チューブに入ったねり歯みがきのやわらかさ
(便の水分量は便の量の60~80%)
④においが少ない、あまりくさくない
⑤トイレの水に浮く(食事で適度の食物繊維がとれている証拠で、食物繊維が少ないと沈む)

この5つの項目を満たしていれば、健康な便といえます。

便意を感じたらがまんしない

便意を感じたら、がまんしないでトイレに入って排便すること。それが、肛門に負担をかけず、痔にならない、いちばん簡単な方法です。

それでは、便意はどうして起こるのでしょうか。便意のメカニズムを理解しておくと、どのようにすれば毎朝、便意が起こり、スムーズに排便ができるか、わかるようになります。

大腸のS状結腸に貯蔵されていた便が直腸に押し出され、その刺激で直腸がふくらんだことを感じると、その情報が、脊髄を通じ、末梢神経反射として内肛門括約筋に伝わり、ふだんは肛門を締めている筋肉の一つである内肛門括約筋がゆるみます。これを中枢神経が「便意だ」と感じて私たちはトイレに行くのです。

理想的な排便とは

内肛門括約筋がゆるんだだけでは排便はできません。肛門にはもう一つ、出口を締める括約筋があります。

内肛門括約筋が、直腸に便が入ると自動的に開く筋肉(不随意筋)であるのに対し、もう一つの筋肉である外肛門括約筋は、人間が自分自身の意思でゆるめないと開かない筋肉(随意筋)です。この外肛門括約筋がないと、人間は便意を感じたとたんに、内肛門括約筋がゆるんで自動的に排便してしまうので困ったことになりますが、一方で、便秘は、この随意筋の働きで便意をがまんしてしまうがゆえに生じる不都合です。

便意をがまんしてしまうと、末梢神経から脊髄を通じて脳の中枢神経に「早く便を出すように」という催促がいきます。この催促をさらに無視しつづけると、便意が中枢神経に届く前に、脊髄で「便を出せ」の催促が遮断されてしまい、そこで便意が消えてしまうのです。

このように、直腸に便がたまっているのにもかかわらず、便意を感じなくなって起こる便秘を「直腸性便秘」といい、日本人にいちばん多い便秘といわれています。便意が消えて腸の中で長い間とどこおっていると、便はしだいに水分を吸収され、かたくなっていきます。かたくなった便を無理に出そうとすると、肛門を傷つけたり、炎症を起こして痔のきっかけになるのです。 この便意と排便の関係からも、便意を感じたときにタイミングよく出すことがよい排便のカギだとわかります。

人間は、排便するようにつくられている

大腸が動いて、便がS状結腸から直腸へ送られるには、3つの神経反射が必要です。

胃・結腸反射

からっぽの胃に食べ物が入って胃がふくらむと、その刺激が自律神経を通じて大腸に伝わり、大腸が蠕動運動を起こします。それが刺激となって反射的に便意を感じるメカニズムを、「胃・結腸反射」といいます。

朝、起きぬけに水や牛乳を飲むと胃が急にふくらむので、胃・結腸反射が強烈に起こって強い便意につながりやすく、便秘解消に効果があります。

姿勢・結腸反射(起立反射)

横になっていた人間が立ち上がると、その刺激で大腸の蠕動(ぜんどう)運動が起こります。これを「姿勢・結腸反射(起立反射)」といいます。

視覚反射

食べ物を見て「おいしそう」と感じると口の中に唾液が分泌されます。それとほとんど同時に、大腸に蠕動運動が起こります。これを「視覚反射」といいます。

これら3つの神経反射が強いときが、楽に排便できるタイミングです。朝、目覚めて起き上がり、朝食を食べ、食後のお茶を飲んでいるころに便意が起こるのです。だから、胃・結腸反射がいちばん強く、姿勢。結腸反射や視覚反射もそろう朝食のあとに排便する人が多いわけです。